九州でクライミングをする者なら一度はあこがれる岩場であろう。
その比叡山に"ニードル"と呼ばれるピークがある。
2019年10月に私は初めてニードルの頂に立った。しかしそれは先輩に連れられ全ピッチ(計3ピッチですが)フォロー。2ピッチ目の核心部では高度感による恐怖心と、自分のクライミング能力の未熟さからテンションをもらい、何とか"登れた"と言ったもの。
そのクライミングを終えてから"悔しい。核心ピッチをリードで抜けたい。"という気持ちが沸々と湧き上がる。
登山メインでフリークライミングにあまり打ち込んでいなかった当時の私の最高グレードは5.10a。今のままの登攀力ではリードはできない。もっとフリークライミングに打ち込もうと決心する。
それから半年あまりほどクライミングに通いつめ、2020年2月に5.11aをRPすることが出来た。また、花崗岩のスラブがあるショートルートに通いスメアリングや、極小ホールドに乗る感覚を養った。そこまでしてようやく、ニードルにリベンジする資格を得た気がした。
2020年3月8日
仕事を終わらせ、取り付きの駐車場へと車を走らせる。駐車場に到着すると明日トライするニードルが月明かりに照らされている。それを眺めながら酒を飲む。
この時間が何気にめちゃめちゃ好きだ。興奮を抑えつつ、眠りにつく。
3月9日
0600頃起床。テントを畳み、朝食をとり、登攀具を身に付ける。
気温は10度前後だろうか?ヒンヤリと、またパリッとした空気を頬で感じる。
岩のコンディションはよさそうだ。
ちょっとした雲海を望みながら取り付きへ向かう。
15分ほど歩き、取り付きへ到着する。
1ピッチ目:Ⅳ 先輩リード。
大した難所はないが、一発目は謎の恐怖心がある。アップがてら登る。
2ピッチ:Ⅵ 自分リード
中央のフレークを抜けていくラインがこのルートの核心部。画像上部のトラバースで前回テンションした。前回は遥か高く、難攻不落の様に見えたが、改めて目にすると"こんなに低かったっけ?”と感じた。
入念にオブザベーションをし、一口水を飲みクライムオン。
まずガバをつなぎ、フレークの基部のテラスに立つ。残置カムとナッツで1つ目のプロテクションをとる。
ここから苦戦した記憶が蘇る。"フォローでもまともに登れなかったのに登れるのか?いや、半年間努力した。登れるはずだ。”と不安と自信がせめぎあう。
深呼吸し呼吸を整え、フレークに手をかける。少し離れたところに薄カチがあり左足をのせる。やや強引気味にレイバックで体を持ち上げる。フレークに足をねじ込みながら2手、3手とつないでいく。前回はこの数手を出すのにどれぐらい時間をかけただろうか?そもそも離陸すらできなかった。成長している。行ける。そう感じた。
小さなスタンスに立ちこみカムを決める。1番ぐらいだろうか?ギアラックからカムを外し決めようとするが大きかった。ナチュプロのサイズ感はまだまだのようだ。1サイズ落とし0.75番のカムを決める。バチ効きだ。
さあ、核心の始まりだ。フレークの最上部に指をかける。画像右下のポケットに足を置く。乗れる。高度感はあるが不思議と恐怖心は無い。かなり集中できているのを自覚出来ていた。そのままポケットに乗り込み、右隣のピンチ状のフレークに足を伸ばす。が、だめだ。体勢が安定しない。一度戻り左足を送る。再度右隣のフレークに手を伸ばすと安定したので、足を送りそのままレイバックにもっていく。レイバックのまま数手繋いで小テラスに立つと思わず声が上がった。アドレナリンというのだろうか?脳内麻薬がドバドバ出ている。この心情を表現する文章力は私にはない。ただただ痺れた。
そのあとは単調な登りを続け、終了点へ到達することが出来た。
3ピッチ目:V- 先輩リード
フォローで登ったため大して強い印象はない。フォローで登りながら「リードもできそうだな~」と考えながら登り、ピークに立つ。
核心の1ピッチしかリードしていませんが、大満足のクライミングでした。
ニードルの後にサマーホリデイ83というルートを継続で登攀していますが、それはまた後日、気が向いたら書こうかなと思います。
文章書くの慣れてないけど頑張ってみました!!!